「強み」と「ニーズ」に配慮したNPRのウェブ戦略

アメリカの公共ラジオNPR (National Public Radio)がウェブサイトの刷新をしましたが、それが音声や動画でなく文字(テキスト)に重きを置いた変更になっているという点が注目されてNew York Timesの記事になりました(7/26付け"NPR Moves to Rewire Its Approach to the Web")。ラジオ局であるにも関わらずネット上で文字情報を重視するというのは、確かにかなり興味を惹かれる行動です。一見突飛な取り組みのような気もしますが、背景を探ってみるとしっかりとした戦略に基づいて行われたサイトの刷新だということがわかりました。

まず、サイトを訪れてみるとたしかにテキストで書かれたニュースがより前面に出てきてはいますが、文字情報の強化は主にニュースとサイトの見た目のデザイン面に限られています。番組のライブ・ストリーミングも、ポッドキャストを利用したオンデマンド提供も、これまで通り行われており、全体としては決して「本業」である音声を軽んじている訳ではありません。特に、ずいぶん前に一度このブログでも取り上げたことのある(こちら音楽コーナーはいろんなミュージシャンのライヴやインタビューなどのレア音源が満載で、ちょっと検索をかけただけでも自分にとっての「掘り出し物」がいくつか見つかりました。無料で音楽を届けるサイトとしてかなり高いレベルにあると思います。

また、文字情報が強化されたトップページやニュースコーナーも、「あらゆるニュースをどこよりも早く、詳しく」というよりは、「主なニュースを見やすく、わかりやすく」というコンセプトで作られているという印象を受けます。実際、NYTの記事中ではNPRの幹部が「CNNのサイトのような全てをカバーするものを目指すのではなく、自分たちが特に強みを持つ分野に集中する」と語っています。記事によると、この変更はリスナーの数が減る日中の時間帯を強化するための戦略の一環だということです*1。日中の時間はサイトに来てオーディオファイルを開くよりも文字情報の方がニーズが高いだろうと考え、テキスト記事を充実させることにしたというのがこういう形でサイトの刷新を行った狙いなんだそうです。これまで、NPRのポッドキャスティングを聴いて興味を持ったリポートの内容を文字で読み返してみたいと思ってサイトに来てもその抜粋だけしか原稿が載っていなくて残念な思いをしたことが幾度かありました。そんな点も含めてサイト上の文字情報を充実させてくれるのなら、すごくありがたいことです。

この変更が成功するかどうかは今の段階ではわかりません。でも、NYTの記事と刷新されたサイト全体を見て面白いなと感じるのは、NPRが自らの強みとターゲットのニーズの双方を考慮に入れながら自分たちのウェブサイトを柔軟に構成し直して、ページやテーマによって文字と音声の強弱を使い分けていることです。ちなみに動画については、NPRは1年ほど前にサイトに動画を載せようという実験をしたけれど加盟局の反対やコストがかかり過ぎることなどから結局その方向には舵を切らなかったということが記事に書かれていました。

ネットは、文字や音声、写真、動画などさまざまな種類のコンテンツを融合させるには最適のプラットフォームです。でも、技術的に可能だからといって何でもかんでも取り込むことが正解だとは必ずしも言えないはずです。他社がやっているから自分たちもネット向けの動画コンテンツを作り、SNSが流行っているから自社サイトでも会員制のコミュニティを始めればよい、という訳ではないということです。何も考えずにそうした新しい機能に背を向けるようではメディア企業として問題なのは言うまでもありませんが、自分たちの強みとは異なるフォーマットのコンテンツ*2導入には慎重になり、一方で顧客のニーズをつかむためには本業よりもシンプルなフォーマットのコンテンツ*3導入も厭わない*4、という姿勢の方が、よりサイトを魅力的なものとすることにつながるのではないかという気がします。この両者にともに配慮したサイトの刷新ということで、NPRの新しいサイトの作り方とユーザーからの反応は注目に値します。

*1:NPRは、朝方は「Morning Edition」、夕方からは「All Things Considered」という看板番組を持っています

*2:NPRの場合は動画。

*3:NPRの場合は文字。

*4:一般論ですが、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなど何であれそこで働く人々は「自分たちのメディアが一番」という思いを持っていることが多いので、これはそう簡単にできることではありません。