Kindleは新聞社の救世主になるのか?

Amazon電子書籍リーダーKindleは、iPhoneと並んで今アメリカでいちばん注目されている電子機器です。iPhoneとは違って日本ではそれほど話題に上る機会も多くありませんが、アメリカでは初代のモデルが2008年に50万台、今年2月に発売されたKindle 2が4月中旬までに30万台売れたと推定されるなど(Silicon Alley InsiderTech Crunchの記事より)、それなりの売り上げを見せています。30万冊以上の本をラインナップに取り揃えているなど、出版界に与える影響に人々の目が集まっているのは言うまでもありませんが、個人的にはKindleアメリカの新聞社にとって危機の打開につながる新たな収益源となり得るのだろうかという点も気になっています。

この春から、アメリカの主要な新聞が相次いでKindleを通じた紙面の有料配信に乗り出しています。Amazon.comのKindle Storeで調べてみると、その数30紙以上。Los Angeles Timesなどは、ウェブサイトのトップページにKindle版への配信申し込みの告知を載せているぐらいですから、期待の高さがうかがえます。

でも、Kindle Storeで販売されている*1各新聞のユーザー・レビューを見ると、意外と評価の低い新聞が多いことに気付きます。例えばWashington Postは平均で4つ星の評価を得ていますが(8/4現在、37人のレビュー)、New York Timesは3つ星(136レビュー)、Los Angeles TimesとUSA TODAYは星が2つ半(30レビューと35レビュー)、そしてWall Street Journalは2つ星(163レビュー)といった具合です。こういうところには満足している人よりも不満を感じた人の方が書き込みをしがちなのかもしれませんが、Kindle 2は4つ星(5440レビュー)、上位機種のKindle DXは3つ星半(465レビュー)がついていることを考えると、Kindleというハードに比べて新聞というソフトがユーザーから低く評価されているととらえることができます。

ざっとレビューを読んでみると、記事の質や持ち運びやすさなどが好評である一方、4つ星を得ていたWashington Postへのコメントも含めて、いくつか特長的な不満点も見られることがわかりました。

まず、Kindle版の新聞では一部のコンテンツが提供されないことに対する文句が頻繁に書き込まれています。Kindle Storeで各新聞を紹介するページでも「Kindle版には含まれていないコンテンツがある」という但し書きはありますが、紙バージョンでは各社が趣向を凝らしているトップページがKindle上では再現されていないこと、紙やオンライン版にはある株や為替の情報、写真や図表、漫画や読者からの投稿欄などがない、あるいは一部しか載っていないことに不満を感じる人は多いようです。また、クラシファイド広告がついてこないことを嘆く声もありました。

そして次に価格。WSJ(ひと月$14.99)、NYT($13.99)、LAT($9.99)といったKindle版の料金設定は日本の新聞購読料の感覚からするとそう高いものではない気もしますが、値段が高すぎるというクレームも多くのレビューに書かれていました。一部記事を有料にしているWSJを除いて、少なくとも現時点ではアメリカの多くの新聞がほぼ全ての記事をウェブ上で無料公開しています。しかも、再販制度などがなく紙の新聞も大っぴらに値引きされているので、場合によっては紙の新聞を購読する方がKindle版よりも安くなることがあるようです。であれば、Kindle版の値段が高すぎると感じる人が多いのも無理はないのかもしれません。

ここから浮かび上がるKindle版に対する不満は、「紙や無料オンライン版に比べてコンテンツが限られているのにこんな値段設定をしているのはけしからん」といったあたりに集約できそうです。

このブログでは、新聞社がこれからの時代に生き残っていくための方法として、ネットを利用して新聞記事やデータ、写真などをわかりやすく興味を惹くような形のコンテンツに再構成する「見せ方」や「デザイン」の力を磨くこと(関連エントリ)や、地域にこだわったどローカルなジャーナリズムに力を入れていくこと(関連エントリ)などがあるのではないかと書いてきました。どちらも、新聞の強みである取材力や記事の蓄積、ネットワークなどを生かしながらライバルたちとの差別化を図ることにつながるからです。

こうしたことがネット上でコンテンツに付加価値をつける試みであるのに対し、上で述べたようにKindleはネットを使って簡素版のコンテンツ(言葉は悪いですが、「全体としてのグレードを下げたコンテンツ」とも言えます。)を配信しようとする試みです。どちらもネットを使ったサービスですが、ベクトルが違う方向を向いているのです。ここに、新聞社にとってKindle配信が抱える難しさがあるような気がします。

メモリの容量やダウンロードにかかる時間などを考えると、おそらく今のKindleに写真やグラフ、インタラクティブな図表などを紙やオンライン版と同じように入れるのは難しいのでしょう。また、外部制作のコンテンツ(ひとコマ漫画など)をKindleで提供すると権料がかかり、結果的に値段が上がってしまうということにもなるはずです。そうした種々の制約があることは承知しつつ、それでもやはりユーザーからすると、紙の新聞よりも少ないコンテンツで場合によっては紙バージョンと同等かそれよりも高いという値段設定は納得しがたいものだと思います。

Kindleでの新聞配信にニーズがないと言っている訳ではありません。例えば、New York Timesが最新ニュースのアップデートを日に数回Kindleで配信する(新聞丸ごとではなく、新しく入ってきたニュースのみを流す)New York Times - Latest Newsというサービスは、非常に評価が良い(4つ星半/14レビュー)のですが、その要因は最新ニュースに対する関心に加えて、月額1.99ドルという価格設定にあるはずです。Kindle上での新聞丸ごとの購読料を値下げすることが難しいのであれば、このように記事の一部を切り分けて安価に配信するというのはひとつの方法としてありなのかもしれません。安い分、それを頼れる収益源として育てるのは大変になりますが。

また、オンライン版の新聞と比較した場合、今後新聞社のウェブサイトで記事への課金が始まると、相対的にKindle版の位置づけが上がることも考えられます。ただし、その場合でもウェブサイトと比べてコンテンツの包括性やインタラクティビティなどでKindle版が劣ることには変わりないので、あまり購読者の増加にはつながらないかもしれません。いずれにしても、文字だけで十分に成り立つ小説などの本に比べて、新聞をKindleで配信するというのは、よりハードルの高いビジネスなのではないかという気がします。

*1:ひと月分の購読を販売するという形になっています。