IBMのデジタルメディア調査

つい最近、IBMがデジタル・メディアについての面白い調査結果を発表しました。Hollywood ReporterMediaPostなどでも紹介されていることから、アメリカのメディア・エンターテインメント業界で一定の注目を集めていると言えそうです。IBMの英文プレス・リリースはこちらから見ることができます。日本語の抄訳もあるのですが(こちら)、訳が粗く、また一部原文の意味を取り違えて訳されているのではないかと感じられる箇所があるので(詳細は後述)、興味のある方はできれば英文を読むことをお勧めします。

これはアメリカ、イギリス、ドイツ、オーストラリア、インド、そして日本の6カ国で2800人を対象に行ったオンライン調査で、消費者としてどのようにデジタルメディアに接しているかを尋ねるものです。今回は調査結果のサマリーが発表されましたが、年内にはもっと詳しいレポートとしても発行される予定だそうです*1

発表資料にはいくつかのポイントがありますが、一番興味深いのは「オンラインビデオの視聴が増えるにつれてテレビ視聴が減っている」という調査結果が出ている点です。英文のプレスリリースからこの部分を訳してみます。

 消費者にとって、オンラインビデオは試しに見てみるという段階を超えはじめている。パソコンで動画を見た経験を持つ人のうち45%は定期的に−少なくとも月に2,3回は−オンライン動画を視聴している。
 オンラインビデオへの適応が進むにつれて、テレビとの間で視聴者の奪い合い(cannibalization)が顕著になってきている。オンラインビデオを見たことがあると答えた人の過半数が、結果としてテレビ視聴が減ったと答えている。15%の人は「少し減った」、そして36%の人は「著しく減った」としているのだ。これは、オンラインビデオという代替手段が視聴者の「カウチポテト」的な行動を変えるかもしれないことを示唆している。

ネット配信が広まるにつれて時折聞かれる、「オンラインビデオはテレビ視聴を補完する役割を果たすので、視聴率に悪影響を与えることはない」という主張と真っ向から対立する結果が出ています。ここで注目すべきは、IBMのデータは消費者を対象に集めたものだという点です。

多くの場合、「ネット配信とテレビ視聴は相互にプラスに働く」という主張はメディア企業の側から発表されています。その際に使われるのは動画の再生回数や視聴率といったデータです。一方、IBMが行ったのは視聴者がどうメディアに接しているのかということに関する意識調査です。これだけを持って何かを断言することはできませんが、IBMの調査は、メディア企業の言い分とは対照的に「オンライン動画を見ることによってテレビ視聴が減っている」という視聴者が多くいるということを示しています。言い換えれば、「ネット配信の普及はかなりの数の視聴者にとってテレビの存在感を低下させている」と捉える事ができるのかもしれません。こうしたことがデータとして示されたという点で、IBMの調査は大いに注目されるべきものだと思います。

そのほかにこの調査結果から目を惹くポイントとしては、
○回答者の70%が有料モデルよりも広告に支えられた無料モデルを好むと答えた(日本は、80%以上の回答者が広告モデルを好むと答え、対象となった6か国中で一番高い割合を占めたそうです)。
○回答者の6割近くが、無料の音楽や動画、お気に入りの店での割引券、ネット上で使えるポイントといったインセンティブと引き換えにであれば自分の性別やライフスタイルなど個人情報を提供しても構わないと答えた。
○回答者の40%以上がコンテンツの持ち運び(同じコンテンツをいくつものデバイスで持ち運んだり視聴したりできること)に興味があると答えた。
といった点が挙げられます。今後発表されるというリポート("Beyond Advertising: Fact or Fiction"という題名だそうです)ではより詳しい分析がされるでしょうから、発行が楽しみです。

ところで、僕がこの調査結果の最大のポイントだと感じているオンラインビデオとテレビ視聴の関係についての箇所(上で訳して紹介した部分)を、IBMの日本語サイトにあるプレスリリースの抄訳ではこんな風に訳しています(11/27現在)。

オンラインでのビデオ使用が増えるにつれ、全体的なテレビ視聴の取り合いが顕著になっています。全回答者の50%以上がオンラインでビデオを視聴した経験があると答え、その結果として、15%がその回数をテレビに比べてやや少ないとし、36%がテレビに比べてかなり少ないという結果がでています。この新しい代替方法は、消費者の“カウチポテト”的生活を変えるかもしれません。

原文の英語プレス・リリースでの表記はこうです。

As adoption of online video continues, cannibalization of overall television consumption is becoming more apparent. Over 50 percent of respondents who have watched online video claim they watch slightly less -- 15 percent -- to significantly less -- 36 percent -- television as a result, implying place-shifting alternatives may be changing consumer "couch potato" behavior.

僕は自分の英語力が高いとは全く思っていませんが、何度原文を読み直してみてもこの部分のIBMの日本語抄訳はちょっとおかしいんじゃないかと感じます。特に上に引用した中の2つ目の文。オンラインビデオの視聴がテレビ視聴の減少につながっているという原文の内容とはかけ離れたものになっています。本来はとてもインパクトのある調査結果だと思うのですが、こんな訳がつけられたのではそれが全く伝わりません。会社が社会に対して公表するプレス・リリースなのですから、やっつけ仕事でレベルの低い翻訳をするのではなく、もう少しきちんと内容に気を配ってほしいものです。

*1:日本語版が出るのかどうかはわかりませんが。