ハリウッド映画とオンライン・マーケティング
ハリウッドの業界団体MPAA(Motion Picture of Association of America)が、アメリカの映画業界の各種統計データをまとめた「Entertainment Industry Market Statistics 2007」(PDF)という資料を出しています。その中で、ネットを使った映画のマーケティングについても触れられています。
ハリウッドの主要映画スタジオが作る映画には莫大なお金がかけられていることはよく知られています。MPAAを構成するParamount, Sony, 20th Fox, Disney, Universal, Warnerの6大メジャー・スタジオが手がける映画の制作費は、平均で2001年の4770万ドル(約52億円)から2007年には7080万ドル(約78億円)にまで膨らんでいます。邦画としては過去最大規模の制作費を投じたといわれる「蒼き狼〜地果て海尽きるまで〜」が制作費30億円、一本あたり平均では3.6億円(PDF)(2002年の資料ですが)程度と言われるのと比べれば*1、ハリウッド映画がいかにすさまじい規模で作られているのかがわかります。
また、こうして制作された大作映画は、マーケティングにもものすごい額のお金がつぎ込まれています。上と同じくMPAAメンバーの平均値で言えば、一本あたり2001年には3100万ドル(34億円)、そして2007年には35.9億ドル(39億円)のマーケティング費がかけられています。 そのうち大半を占めるのが広告費で、2001年と2007年ではそれぞれ2728万ドル(31億円)、3217万ドル(35億円)となっています。
しかし、この広告費の中でインターネットに振り分けられるのは(増加傾向にあるとはいえ)ごくわずかです。上に挙げたMPAAの資料をもとに書かれたeMarketerの記事に載っていた表がわかりやすいので、転載します。
2007年の時点で1本当たり平均254万ドル(2.8億円)がネット広告に使われていると言えばかなりの額にも見えますが、全体の広告費のわずか4.4%に過ぎません。2007年の総マーケティング費*2の配分は、ネットワークTVに振り分けられる分が最も多くて21.6%。次いでスポットTVと呼ばれる区分(スポットCMの経費か、もしくはケーブルTVなどへの宣伝料ということでしょう)が13.9%、新聞が10.1%となっています。実にマーケティング費の35%がテレビに振り向けられているということです。メディア以外のマーケティング費(詳細は記されていませんが、例えば監督や出演者によるオープニング・イベントの開催費などでしょうか)が22%を占めていることを考えれば、メディア・マーケティングにおけるテレビ重視の姿勢はより鮮明になります。
一方で、同じMPAAの資料は、観客が映画を見る前に情報を集める手段としてインターネットが極めて大きな役割を果たしていることにも触れています。「ある映画のことを初めて耳にしてから実際に劇場に行くまでにどんな手段で情報を集めたのか」という設問に対して、1位のテレビ・ラジオ(75%)とほぼ同じ73%の人が、インターネットと答えたそうです。確かに自分の身に引きつけて考えてみても、最近は面白そうだなと感じる映画があった場合には必ずネットで内容や評判を確認してからそれを見に行くかどうかを決めています。ネット上の情報は、潜在的な観客の意思決定に大きな影響を与えているのです。
これらの内容から自然と浮かび上がってくるのは、「そんなにインターネットの影響が大きいのなら、もっとネットにマーケティング費を振り向けていいんじゃない?」ということです。ネット上に出回る海賊版の脅威(関連エントリー)や、新たなビジネスとして立ち上がりつつある映像のオンライン配信など、映画スタジオは良くも悪くもインターネットが持つインパクトの大きさを熟知しているはずです。そんな彼らが、自分たちの作品をプロモーションするにあたっては伝統的なオールド・メディア重視という戦略を取り続けているのは興味深いところです。まあ、そんなことをしていても昨年のアメリカ国内の興業収入が過去最高の96.3億ドル(前年比+5.4%)を記録したぐらいですから、それが上手くいっている間はなかなか大きくやり方を変えることが難しいのかもしれません。でも、以前にいちど紹介した「Jumper」という映画の宣伝サイトのように、ウェブ上ではテレビや新聞よりもずっと制約が少なく、自由な形でプロモーションを行うことができます。いくらかの予算と想像力(ここはハリウッドが最も得意とするところのはずです)を駆使すれば、ウェブ上でのマーケティングというのはもっともっと面白いものになるのではないかという気がします。