ライヴストリーミングの広がりが持つインパクト

アーティストによる先進的なUstreamの利用が広がりつつあります。先月行われた宇多田ヒカルの公演のUstreamによる無料配信は大きな話題になりましたが、海外100の国・地域を含む34万5千のユニークユーザー、最大で10万以上の同時アクセス、計104万のページ・ビューを集めたそうです(AV-WatchIT Mediaの記事などを参照)。また、坂本龍一はあす9日に行われる韓国での公演をUstreamで配信することにしています(ナタリーの記事などを参照)。

一般人とは状況が大きく異なりますが、こうした有名人による「個人」をベースにしたライヴストリーミングの広まりは、テレビとネットの関係を中心にしたメディア環境の今後に大きな影響をもたらし得るものではないかという気がしています。今回はそんなテーマで感じたことを書いてみます。

音楽の動画を気軽に見る手段としては、YouTubeが今でも圧倒的な人気を誇っています。ネットにさえ繋がっていれば実質的にいつでも、どこでも好きな音楽クリップを見ることができるという今の環境は、(正規の手順を踏んでいるかどうかは別として)大量のPVや公演の動画などがアップロードされているYouTubeの躍進が一つの契機となって生み出されたものだからです。YouTubeは、2009年秋にU2の公演のライヴストリーミングなどを行ったりはしましたが、基本的には何らかの形でパッケージ化されたコンテンツ(もしくはその一部)をオンデマンドで提供するサイトです。一方Ustreamによる上記のような配信は、「どこでも」には対応していても「いつでも」には対応していません。その代わり「同時体験」を楽しむことができます。

ここから感じられたことが2つほどあります。まず、音楽の楽しみ方という点ですが、コンサートというのは今後、「同時に見ること」から「その場でリアルな体験を共有すること」に価値がシフトしていくのだろうなということです。ナマであれ録画であれ、メディアを通した配信では伝えきれない場の熱気や会場の一体感などが、コンサートの魅力としてよりクローズアップされていくようになるのではないでしょうか。そしてもう一つはメディア的な観点からの感想ですが、Ustreamによるこのような大規模同時配信は、テレビが未だ持つ大きな力の源泉とでも言える部分、つまり「ニュースや大型スポーツ中継などを通じて多くの人にライヴで同時に情報を伝えること」にもネットが進出しつつあることを示しているのではないかという印象を受けました。

もちろんニュースの取材には手間がかかりますし、五輪やワールドカップを始めとしたスポーツイベントには莫大な放送権料や中継制作のノウハウ・リソースなどが必要とされますので、資金や人員に富む大組織でないとこなし切れないという部分は今後も残っていくでしょう。でも、今回例に挙げたミュージシャンのように、個人の才能と人気を核に勝負するというケースの場合は、新しいメディアへの取り組みについて、より柔軟な意思決定や機動的な展開を図ることができます。

テレビという巨大なメディア全体から見ればコンサートの動画というのはマイナーなものです。でもそうした周縁的なところからでもネットによる個人主体のナマ配信が存在感を持ち始めたことの意味は大きいものだと感じます。特に数十万、数百万という規模のファンを持つアーティストや俳優、スポーツ選手などは、ブログやツイッターなどの枠を大きく超え、動画を含めて正に「ファンと直接繋がる自らのメディア」を持つことができるようになってきているのです。今年のCESで話題になっているようなネットTVが今後本格的に普及して、ネット上の動画がテレビでも気軽に見られるようになれば、宇多田ヒカルが行ったような公演の配信はよりインパクトを増し、テレビ的な視点からも「マス」と呼べるほどのイベントも生まれてくるかもしれません。動画を取り巻くメディア環境の変化はこれからまだまだ続いていきそうですが、その中でもこうした有名人による個人を主体とした動画配信の取り組みには注目していきたいと思います。