「I」と「You」と「We」のメディア

メディア系の製品やサービスでは、この5〜10年ほどの間に「I」や「You」といった名前を冠したものが大きな勢力を持つようになっています。製品やサービスの名前には、それに込められた思いやコンセプトが色濃く反映するものです。こうした「人称代名詞」とネット上でのサービスについて、かなり荒い考えですが、思いついたことを書いてみます。

「I」のメディア
「I」のつくメディアの製品・サービスといえば、まずはiPodiTunesです。これらは楽曲の購入や携帯機器への取り込みの仕方をガラリと変え、ユーザーの自由度を飛躍的に高めました。セットになった2つの「I」で、"自分仕様"の携帯音楽プレイヤーが簡単に作れるようになったのです。

それ以降も、AppleiPhoneiPadなどを出して行きますが、他社でも、BBCがオンデマンドによるネット配信サービスをiPlayerと命名し、任天堂も最新型の携帯ゲーム機をDSiと名づけるなど、「I」のメディアが広がっていきます。使い手の自由度を高め「自分主体」の楽しみ方ができるように作られた製品やサービスである、という意味での「I」だと考えることができます。

「You」のメディア
一方、YouTubeの登場に伴い、「You」のサービスも大きな注目を集めるようになりました。この分野ではYouTubeがあまりに兄弟で"その他"がなかなか現れてこなかったのですが、昨年あたりから急速に表舞台に出てきたのがUSTREAMです。これらは、従来はマスメディアが担っていた動画コンテンツの作成と配信をユーザーが行えるという意味で(企業とユーザーの関係)、そして他のユーザーがアップロードした大量の動画を楽しむことができるという意味で(ユーザーとユーザーの関係)、「You」なのです。運営企業にとっての収益性はともかく、ユーザーにとってはどちらも極めてインパクトの大きなサービスです。

We」のメディア
このように、ネット・メディアの世界では「I」が飛躍し、「You」も急成長してきました。人称代名詞は、自己と他者をポジショニングする上で非常に大きな力を持つ言葉です。そして、「I」と「You」が現れたとなると、次に来るのは「We」なのだろうか、というところが気になってきます。HeやShe, Theyのような、"私"でも"あなた"でもない三人称の製品やサービスは、訴求力の持ちようがありません。人称代名詞系のメディアで新しい方向性を探すとなれば、後は「We」のメディアだけということになります。"自分に便利"が大切な「I」メディア、"あなた"に視点が向いた「You」メディアに対し、「We」メディアは、"ともに何かを行おう"という志向性を持ったものになるはずです。

Weは複数形の「私たち」なので、最もシンプルに We を I と You との関係で表すとこうなります。

・We = I + You

しかし、単純に上に挙げた「I」のメディアに「You」の要素を組み合わせたとしても、それが「We」になるとは限りません。例えばiPhoneYouTubeを視聴したとしても、あるいはiPhoneを使ってUSTREAMの中継を行ったとしても、I + You = I + You だけで終わってしまうかもしれません。「We」を生み出すためには、「I」と「You」がある程度融合し、同じ方向を向く必要があります。

「We」メディアの作り方
「We」メディアを作り出す際に重要な役割を果たすのが、FacebookTwitterなどのソーシャル系サービスなのではないかという気がします。FacebookTwitterのどちらがより「We」作りに向いているのかは、一概にはわかりません。ただ言えるのは、両者とも元々「We」を主眼に置いたサービスというよりも「I」と「You」をつなぐ(I + You )ことを念頭に置いたものだったけれど、そのつなぎ方はただの足し算だけではなく、時に「I」と「You」のつながりの範囲や密度を大きく伸長させることがある、ということです。「I」と「You」が範囲(人数)を拡大しながらお互いに繰り返し密度の濃いやり取りをしていくという意味で、これは「I x You」と表せます。そして、こう言う時に「We」が生まれやすくなるのではないかと思います。

つまり、単体としての「We」メディアというものは現時点では存在していない*1けれど、「I」メディアや「You」メディアを用いつつソーシャル系のサービスでつながりの環や強さを成長させていくという複層的な環境の中で、「We」メディアと呼べるようなものが生まれ得るのではないでしょうか。この関係性は以下のように表せます。

・We = I x You

"ともに何かを行おう"という志向性を持ったものが「We」メディアだとすれば、それはただ「I」と「You」がともにいるだけで生まれるのではなく、「I」と「You」のより広く深いつながりが必要なのです。そして、「I」メディアや「You」メディア、ソーシャル系サービスの普及により、その環境は整いつつあります。個々人の興味や関心に合わせ、オープンな形でこうした「We」メディアがどんどん立ち現われてくると、それはとても面白いことになるのではないかと感じています。



(補足)
「We」のメディアを作るということは、ある意味コミュニティを作ることと似ている気がします。例えば、家族や友人などリアルな世界で緊密な関係を持つ人々を家庭用ゲーム機の世界でも結びつけることに成功した任天堂Wii *2や、特定の趣味や関心を軸に形成されたオンラインのコミュニティなどは、比較的少人数を対象にした「We」メディアだと言えるのかもしれません。一方、2008年米大統領選でのオバマのキャンペーンは、カンヌの広告祭でグランプリを受賞したことからもわかるように、メディアの力を効果的に利用したムーブメントでした。"Yes, We Can"をスローガンにした、超巨大かつテーマ型・期間限定型の「We」メディアだったのだと思います。

*1:自分が知らないだけかもしれませんが、少なくとも一般に広く影響を与える形では存在していないと思います。

*2:ネーミングからも「We」を強く意識していることがわかります。