iPadとComcast

AppleiPadを発表しました。この製品に対する期待や不満などが各所で述べられていますが、ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)のブログには「iPadを警戒しなければならないのはAmazonではなくてComcastだ」という分析が載っていました。動画のネット配信という観点からすると、非常に興味深い意見です。

Harvard Business Review, "The iPad Showdown: Apple Versus Comcast" (2010/1/28)

ここでは、Apple製品の優れたユーザー・インターフェースやiTunesなどを通じたコンテンツ配信の実績とアメリカのケーブルTVの使いづらさやサービスの悪さを比較し、iPadの発表を「融通が利かず格好悪いケーブルテレビと柔軟でインタラクティブなウェブの間に新たな動画配信の戦線を開くことになる」と評しています。

HBRの記事は、ちょっとアンチケーブルTVの色が濃すぎる気もします。でもiPadが、これまで競い合いながらも緩やかに分割統治されていた動画配信ビジネスの構図を揺るがす可能性を持ったデバイスかもしれないという点については、この記事に賛同できます。

Huluなどが興隆してきた時に言われていたのは、広告で賄われる無料のネット動画配信はiTunesのようなサービスとは直接競合関係にならないということでした。前者が伝統的な地上波テレビのビジネスモデルをウェブ上で展開しているのに対し、後者は有料でレンタルビデオやDVDのウェブ版という位置づけだから、それぞれの守備範囲が大きく重なることはないという説明です。

しかしiPadのようにある程度大きくて高画質なスクリーンを持ち、簡単に持ち運べて、しかもWifiや3Gで簡単にネットに接続できるデバイスが出てくると、状況が少し変わって来ます。それは当然iTunesに対応しているでしょうし、一方でウェブを通じてYoutubeなどを視聴することもできます。ここでは、いろんなところで言われているようにiPadflashが見られるようになるのか(CNET Japanの記事などを参照)、あるいはflashなしでも多様な動画が見られるようになって行くのかどうかという点が非常に大きなポイントになってくると思うのですが、もしそうなればiPadは上に挙げた「重なり合わないはずの」サービスを包含するデバイスになるのです。それは、どういう風にかはわかりませんが、両者の間の関係を変えることにつながるのではないかと思います。

こうしたシナリオは、確かにComcastのようなケーブル・オペレーターにとっては危惧すべきものです。パソコン上でテレビ番組などがネット配信されることにも神経を尖らせて「TV Everywhere」計画を推し進め、Boxeeのようなネット動画をテレビのスクリーンとつなぐサービスには強いプレッシャーをかけてきたのに(関連エントリ)、iPadがいきなりテレビも乗り越えてポータブルな動画配信プラットフォームになってしまったらどうなるのでしょうか。

NBC Universalの経営権を握ることになるComcastはもはや伝送路(ケーブル)だけを押さえたパイプ企業ではありませんから、iPadが人気を博したからといったすぐに立場が弱まるようなことはないでしょう。でも動画のネット配信とケーブルテレビの関係は、今後ますますシビアに、そして複雑になっていくのではないかと思います。