Huluとサブスクリプション

Huluが有料のサブスクリプション制を導入するかもしれないという話題を最近よく目にするようになりました(例えばMedia Postの記事など)。具体的な計画が明らかになっているわけではありませんが、全く根拠のない話でもありません。Huluの親会社のひとつであるNBC UniversalのCEO Jeff Zuckerは、先月末に出席したD7 Conferenceの場で、Hulu自身が広告代理店の機能を果たしてオンライン広告を強化することやサブスクリプション制を導入することなどが、収益を増やすために今後取り得る施策として考えられるといった趣旨の発言をしています(New Tee Veeの記事などを参照)。ここからHuluとサブスクリプションの関係がにわかにクローズアップされることになったようです。

広告付きの無料動画ストリーミングで急速にユーザーを増やしてきたHuluがもし実際にサブスクリプション制度を導入することになれば、ビジネスモデルの大きな転換点となります。もっとも、Zuckerの話を読む限り、そうなったとしても無料ストリーミングをやめてしまうわけではなく、新たに有料部分を加えるということになりそうです。とはいえ、Huluが有料配信に乗り出せば、Apple (iTunes)やNetflixなどとまともにぶつかり合うことになるかもしれません。ネット動画配信ビジネスの世界に大きなインパクトを与えることは確かでしょう。

事態がこれからどう動いていくのかはわかりませんが、Huluがサブスクリプション制を上手く自らのビジネスに取り込んでいくためには、無料部分と有料部分の組み合わせを工夫する必要があるでしょう。ユーザーが無料で視聴できるコンテンツの質と量を落とすことなく、「プラスα」の部分を有料で提供することができるかどうかという点が、成功の鍵を握っているのではないかという気がします。

「プラスα」の部分とは、例えば、今は直近の5話分しかネット配信されていない番組の全エピソードをHuluで提供する代わりに6話分より前や以前のシーズンは有料にするとか*1ESPN(ディズニー傘下)などHuluの親会社が保有しているけれど今はHuluにコンテンツを提供していない会社からの番組を有料で提供するといったことです。それができれば、これまでのユーザーの期待に応えつつ、さらに新たなニーズを取り込むことができるようになります。無料ストリーミングで番組のネット配信に興味を持つユーザーを多く集めることができるというのは、iTunesなどにはない大きな強みになります。大きなユーザーベースがあれば、仮に有料部分を利用する人の比率が小さかったとしても、数でいえばそれなりの規模にはなるかもしれません。

一方で、有料サブスクリプション制の導入は「プラスα」だけでなく「マイナスβ」も生み出してしまうのではないかという懸念も個人的には感じます。無料ストリーミングされるエピソードが5話分から3〜4話分に減ったり、特定の人気ドラマやコメディが無料提供されず全て有料になってしまうようなことが起こるかもしれないという心配です。すでに、"It's Always Sunny in Philadelphia"など一部番組の過去エピソードがHuluから削除されたり(New Tee Veeの記事)、Boxeeからのアクセスを遮断したり(関連エントリー)と、今年に入ってからHuluがコンテンツ・ホルダーの要求を呑んでサービスに変更を加え、ユーザーの不評を買うケースが見られるようになってきました。こうした要求の根本にあるのは、ネット動画の配信をコントロールすることによって収益を最大化しようとするスタジオやケーブルTVなど権利者側の思惑です。サブスクリプション制の導入は、こうした権利者にとっては「無料で流してCMでお金を回収するか、有料のサブスクリプションで流してユーザーから回収するか」と収益化の選択肢が増えることを意味します。上記の例にみられるようなHuluとコンテンツ・ホルダーの最近の力関係を考えると、サブスクリプション制の導入が一部コンテンツを有料化の方向へシフトさせる動きにつながる可能性は捨てきれません。

Huluがここまで急速にユーザーを拡大してきたのは、正統なものは権利でガチガチに縛られて身動きが取れなくなっている一方で海賊版が広く出回っているというネット上での2極化したテレビ番組の扱いを上手く統合し、ビジネスとして成立し得る範囲で視聴やシェアに関する制約をなるべく取り払った上で合法的な番組の無料ネット配信を行ってきたからです。サイトの見やすさ・使いやすさに非常なこだわりを持っていることからもわかるように、「ユーザー目線」の重視はHuluがここまで成功してきた*2大きな要因です。そのあまりに急速な成長がゆえにコンテンツ・ホルダーたちからの注目を集めるようになり、さまざまな圧力が強まって最近はユーザーたちへの制約を強めざるを得なくなっているのは皮肉なところですが、サブスクリプション制導入の成否*3は、それがHuluの「ユーザー目線」の度合いにどれ程プラス、あるいはマイナスの影響を与えるのかにかかっている気がします。

*1:実際に番組が有料販売されているiTunesでは過去エピソードもかなり充実しているので、有料であればこれを実現するのは十分可能なはずです。

*2:少なくともユーザー数を増やすという意味において。

*3:実際に導入されるのかどうか、現時点では明確には示されていませんが。