ネット配信と「国際化のパラドックス」

New York Timesの記事にちょっと気になることが書かれていました。"In Developing Countries, Web Grows Without Profit"という4/26付けの記事です。

FacebookYoutubeなどはさまざまな国のユーザーに使われることによって世界的なブランドになった。でも少数の先進国を除いては、帯域が限られていて配信コストがかさんだり広告から得られる収入が極めて少なかったりするため、グローバルな人気を得ることはただでさえ厳しい彼らの収益を圧迫する結果にもつながっている」というのが記事の趣旨です。NYTはこの現象を"国際化のパラドックス(International Paradox)"と名付け、これが「(無料のネットサービスで)世界をひとつの"オンライン・ビレッジ"(online village)にまとめあげる」というネット起業家たちの熱狂的な理想主義を脅かし、彼らにそのビジョンが経済的に成立しないことを実感させつつあると評しています。

このパラドックスを乗り越えるために、たとえばMySpaceは接続スピードの遅い国向けに簡素版のプロフィールページを用意したり、Facebookは一部の地域では動画や写真の画質を落として提供したりするなどの経費節減策を検討しているそうです。でも、もっと極端な例で言うと、動画共有サイトのVeohは昨年、動画配信のコストが高く収益化の見込みがないことを理由として、アフリカ、アジア、ラテンアメリカ、そして東欧からのユーザーはアクセスをブロックすることにしたとのこと*1。記事中、VeohのCEO・Dmitry Shapiroはこう語っています。

私は自由でオープンなコミュニケーションの可能性を信じている。(中略)でも、彼ら*2はコンテンツに対する欲求がものすごくて、見て、見て、見まくるんだ。問題なのは、そうした人たちが帯域を食い尽して、そこから収益を上げることがとても難しいということだ。

このVeohの話、僕はこれまで知らなかったのですが*3、何だかすごく残念な気分になりました。

昨年来の経済危機が、もともと利益を上げているところがほとんどないと言われる無料のSNSや動画共有・配信サイトの広告収入に大きなマイナスの影響を与えているのは疑いのないところです。特に、2番手・3番手以降のプレイヤーにとって状況は非常にシビアでしょう。でもだからといって、グローバルに始めたサービスの提供エリアを縮小することが解決策になるのかという点については、素直に納得できないものを感じます。「慈善事業でやってるんじゃないんだから、利益の上がらないエリアからは撤退するのが当然だ」と言われてしまえばそれまでですが、それでは、制作者やアグリゲーターが巨額の設備投資をすることなしに簡単にコンテンツを世界に向けて発信でき、さまざまなところで暮らすユーザーに時間や地理的な制約を越えて見てもらえるという、ネット配信の最大の持ち味が失われてしまう気がするのです。

僕がネット上のコンテンツ配信に惹かれる根本的な理由は、それが「ビジネスと公共性を兼ね備えたサービス」を実現する可能性を持っていると感じるからです。「どこでも」「だれでも」「無料で(あるいは極めて安い値段で)」「すぐに」という形で行われるネット上のコンテンツ配信は、公共サービスとしての性質も持ち合わせていると僕は考えています。MITのOpen CoursewareだとかUNESCOのWorld Digital Library計画のような非営利事業だけでなく、営利体のYoutubeMySpace、Veoh、Facebookなどにも、世界中のユーザーに情報や娯楽を提供し、あるいは世界中のユーザーを結びつけるコミュニケーション・ツールとなっているという意味での公共性があると思うのです。

Veohの事例が示しているように、この「営利企業が担う公共性」は、経済的な事情によって簡単になくなってしまうかもしれないという性質のものです。そうした公共性を支える「オープンさ(誰でも、どこの国・地域でも使えること)」や「無料制」は、広告収入(あるいは将来的に十分な広告収入が得られるようになるという見込み)に支えられたものなので、広告収入の減少(あるいは減少見込み)による影響を簡単に受けてしまうからです。

ただ、「状況が厳しいから自社の都合を優先してサービスを縮小しよう」という考えがある一方で、「状況は厳しいけれど使い勝手やデザインなどを向上させてユーザーの支持を集め、広告収入に結びつけよう」とか「サービスのレベルを維持できるよう、(例えばマイクロ・ペイメントなど)広告以外の収益源を探ろう」といった選択もあるはずです。理想主義的すぎるかもしれませんが、できるだけ多くのプレイヤーがこのような手法を選んでくれれば良いなと思います。

*1:権利上の制限がかかっているものを除けば日本からは普通に見ることができるようですが。

*2:アクセスをブロックすることにした地域に住む人々のこと。

*3:この件を伝える昨年6月のNewTeeVeeの記事を先ほど見つけました